能登で動けなかった私が、熊本の避難所で過ごした夜

令和8年熊本地震を受けて、当法人から介護職員11名が熊本県へ派遣されました。派遣先は、公民館や特別養護老人ホーム、障害者支援施設などに設けられた福祉避難所です。介護が必要な方や障害のある方が避難生活を送る場所で、日々の暮らしのお手伝いをしてきました。
私もそのうちの1人です。
派遣に手を挙げた理由
理由は2つあります。
ひとつは、大阪にもいつか大きな地震が来るかもしれない、という漠然とした不安です。福祉の仕事をしていると、「災害の時、どうしたらいいのだろう」と、思うことが多々あります。
もうひとつは、能登半島地震のときの後悔です。被災地にボランティアで行きたいと思っていましたが、当時は不安もあり、仕事の調整も難しく、結局行くことを諦めました。そのことがずっと心に引っかかっていました。
そういった思いもあり、今回派遣できる職員の登録について声がかかったとき、短い期間でも自分にできることをしようと決めて、応募しました。
一番困ったのは宿泊先の確保でした
派遣先が決まりすぐに課題となったのが、現地までの移動手段やレンタカー、宿泊先の確保です。特に被害の大きかった地域の周辺では休業しているホテルも多く、正直どうしようかと思いました。
そこを助けてくれたのが法人の事務局です。宿の手配や移動手段をまとめて引き受けてくれたおかげで、私たちは現地での仕事に集中することができました。
先発隊が出発する前には激励会があり、宮脇理事長をはじめ、事務局の職員が集まって、「いってらっしゃい!」と私達を送り出してくれました。「一人で行くわけじゃない、法人全体で支えに行くんだ」と思えて、とても心強かったです。
夜の避難所で、トランプをしながら
現地での私の担当は、福祉避難所の夜勤でした。日勤のスタッフから引き継ぎを受け、避難されている方々にご挨拶をして、その流れで一緒にトランプに入れてもらいました。大人数でカードをめくるのは久しぶりで、どこか懐かしい気持ちになりました。ただ、ゲームの合間にぽつりぽつりと出てくる言葉は、明るい話題だけではありません。
「家の水道がまだ出ない」
「家が倒れるかもしれなくて帰れない」
そして、「トランプは楽しいけど、ほかに楽しみがない」「家に戻れないなら、早く仮設住宅やマンションに移りたい」。避難生活が長引くことへの不安や、なかなか口にできない本音です。夜の静かな時間に、トランプを囲みながら一人ひとりの話を聞く。生活のお手伝いだけでなく、こうして話に耳を傾けることも、ボランティアスタッフとして大事な役割なのだと感じました。
熊本派遣で学んだこと
今回の派遣では、少しでも現地の方の力になれたことに加えて、普段の支援や、相手の気持ちに寄り添うことの大切さをあらためて教わった気がします。そしてこの経験は、いつか大阪で災害が起きたときへの、私たち自身の備えにもなりました。
能登のときに踏み出せなかった一歩を、今回ようやく踏み出せました。
これからも法人全体で防災・減災の意識を高め、どんな状況でも一人ひとりの暮らしと心に寄り添える職員を目指していきます。
ブランディング推進課
上山








